『小説家の映画』

小説家の映画

2022年韓国
英語タイトル:The novelist’s film
フォーラム福島にて
監督/脚本/製作/撮影/編集/音楽:ホン・サンス
出演:イ・ヘヨン、キム・ミニ、ソ・ヨンファ、パク・ミソ
上映時間:92分
『小説家の映画』公式サイト

ひとりの中年女性が、小さな書店に入ろうとするが、店内ではなにかトラブル発生中。店の奥から、電話で誰かとやりあう声が聞えてくる。

どうやらこの女性は、この店の客ではなく、店主の知り合いらしい。女性は、外で待っているからと、店内の人物に身振り手振りで伝えると、一度店の外に出た。

実際にありそうでなさそうな、こんな情景からはじまるこの映画は、現代なのにモノクロ映像で、登場人物のとりとめないお喋りとともにはじまる。

私たち自身のふだんの会話も、実はこうなのかもしれない。知り合い同士なら、暗黙の了解ばかりで、側で他人がそれを聞いていても、はじめはさっぱり意味がわからない。

でも聞き続けていると、そこから具体的にヒントとなる単語や言葉のニュアンスをだんだんと嗅ぎ分けられるようになり、話の内容を理解できるように。

この映画も、はじめは雲をつかむような感覚でも、やがて店内から出てきた女性店主とこの女性との会話を聞くうちに、事情が少しずつ飲み込めててくる。

女性は、有名作家だというジュニ。店主は、そのジュニの後輩だが、しばらく疎遠だったらしく、ふたりは久しぶりに会った。

この映画において、いくつかの出会いと無数の会話は、身近でやりとりされているかのごとくリアル。主人公ジュニと、相手との心の距離や関係性が、おそろしいほどよく伝わってきた。

その一方で、実際の人間関係同様に、本心からの言葉かどうか、読み取れない場面もあるから、もしかすると、率直で物怖じしないジュニより、観ている私たちの方が、少しハラハラするかもしれない。

やがて、地域で有名な巨大公園施設に、車で連れてこられたジュニは、そこで昔因縁のあった映画監督夫妻と偶然出会う。しばらく社交辞令的に会話をするが、だんだん我慢できなくなってきたジュニは、かつて嫌な想いをさせられたことを蒸し返し、この監督夫妻にぶつける。そしてそれを、監督夫妻は見事にスルー。ウーム、どの国でも同じだ、これぞ「業界」だぁ…(怖いよ~)

悪い空気になったまま、公園を3人で歩いていると、最近仕事をセーブしているという映画女優ギルスを、映画監督が目敏く見つけて声をかける。実はこのギルス、ジュニの小説の熱心な読者で、ジュニと会えたことを無邪気に喜ぶ。

しかし映画監督が、ギルスに不躾に復帰を促したことから、ジュニが激怒。監督夫妻を追い返してから、ギルスとジュニは食事して意気投合。ギルスと陶芸家であるその夫を題材にした映像作品を、一緒に作ることになるという流れ。

才能ある人が仕事を辞めると、まわりはつい、才能がもったいないとか、早く仕事を再開しろとか、余計なことを言いがち。でもそのことを決めるまで、どれだけ本人が悩んだか、なにを一番に大切にしたいと思ったかは、本人以外誰も知る由がない。

だからジュニが、監督に怒った気持ちもよくわかるが、そこまで怒ったのは、ジュニ自身が、筆を折ろうとしていることとつながっている。

こうやってストーリーを書き連ねれば、まるで普通の映画のようだが、この作品は、観客がのぞき見的に「一番知りたいこと」を、すべて迂回してひとつも見せてくれない。おそらく、それを見せないことで、もっと本質の部分を伝えようとしている。

ジュニの初監督映像作品を評して、撮影を手伝ったギルスの甥が言ったこの言葉が、そっくりそのまま、この映画全体の印象と重なる。

「変わった映画だよ。でもある種の感性を持つ人たちは、たまらなく好きなんじゃないかな」

会話のみで進行する展開や、映像が突然カラーになるシーンは、ホン・サンス監督のいつもの手段らしい。でも私にとっては、それらすべてが魅力的で、忘れられない経験となった。

コロナの時代以降、直接人に会わなくても、リモートでいいやと思いはじめていたが、実際に会って話すと、やはり特別な科学反応が起こるのかもしれない。その時に生じるいい雰囲気も、いやな空気も、全部ひっくるめて。

そう思わせてくれるだけ、この映画は、人と人が直接係わる瞬間を、驚くほど緻密に描いた作品。