『猫のムトンさま』

猫のムトンさま

アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ 著
黒木實 訳
ペヨトル工房 刊
夜想 yaso & parabolica-bis

フランスの異色作家・マンディアルグの手による、そのなかでもとりわけ異色な一作。処女作かもしれない作品で、出版さえも作者の念頭にはおかれていなかったそう。作者の「猫への偏愛」からか、とんでもないこと(?)になっている。

持って生まれた気質と運命の導きにより、従順に主人へ仕えてきたテレーズ嬢は、その高慢な女主人から、さらに輪をかけて高慢で素晴らしい猫をもらう。あまりにも屈辱的な一方的解雇と引きかえに。

それは本来、仕打ちとしての「猫押しつけ」だったのに、テレーズ嬢にとっては最高のプレゼント。この仕打ちの最中、初めてテレーズ嬢は、自分の感情を読み取られないよう、芝居をすることを覚えた。彼女が喜んだことを知ったなら、女主人は前言を翻しかねないので。

元飼い主同様に、高慢でサディステックな「猫のムトンさま」の行動に、もはや老嬢となったテレーズは、「率先して」振りまわされる。他にその猫以上の猫がいると言われれば、大胆にもそこへ潜入し、自分の主人であるムトンさまより劣った猫であることを確信して安堵する。また、立派な体躯を保つために去勢をしないものだから、さかりがつくと外泊をするムトンさまが心配で、一睡もできずに衰弱する。

とはいえ、自由奔放に振舞うムトンさまと、命がけで彼に仕えるテレーズ嬢は、両極端な気質を持ちながら、一本の線上にいるように思えるから不思議。

あまりにもあまりなふたりの生活は、秀逸なエピソードの積み重ねによりつむがれ、実に皮肉な魅力に満ちている。その魅力につられて最後まで読み進め、マゾヒストとも言えるテレーズ嬢の気持ちが、ほんの少しだけわかってしまい、本を閉じて苦笑いをしてしまった。

こんな結末ながら、きっとテレーズ嬢は、幸せだったのだろう。それでは、ムトンさまは?

本人に尋ねてみても、堂々たる体躯のままニャーと一声鳴いて、プイとその場を去られること必至だが、「自分の意思」で彼に人生を捧げた従順なテレーズ嬢よりも、むしろムトンさまの背中の方に、悲哀が感じられるのではないかと想像する。

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