エレファント
2003年 アメリカ
原題:Elephant
監督/脚本:ガス・ヴァン・サント
製作総指揮:ダイアン・キートン、ビル・ロビンソン
出演者:ション・ロビンソン
シネセゾン渋谷にて
この映画は、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー『ボウリング・フォー・コロンバイン』と同じコロラド州コロンバイン高校での銃乱射事件を扱っている。
『ボウリング・フォー・コロンバイン』が、ドキュメンタリー形式だったのに対して、こちらは完全なフィクションで、フィクションでしか描けない真実を、探ろうとしているように感じた。
私はアメリカのハイスクールに、一度も足を踏み入れたことがない。それなのにこの映画の教室の光景は、まるでデジャブのようにリアル。比較的恵まれた先進国の中高生時代は、洋の東西を問わず、世代もすべて超えて、あやういものを抱えているのかもしれない。
この時期は、まだ自分の意志で、社会に踏み出す前の段階。ちゃんと扶養されているし、勉強する機会も与えてもらっている。それなのに学校のなかには、訳のわからない鬱屈が積み重なる。もうすぐ爆発しそうな「前触れ」が、そこかしこに漂う。
友だち同士ではしゃぐときの刹那的な楽しさ、どうしてそれほど残酷になれるのかと思えるような悪意、ふくらむ希望や絶え間ない不安……。
ただ、世界中のたくさんの教室では、こういう「前触れ」を抱えながらも、それほど大きな事件は起らない。しかしこの日のコロンバイン高校では、不運にも銃乱射事件が起こってしまった。
事件が起こるまでのハイスクールの1日が、何人かの生徒の視線から、ときには時間軸さえラフに移動させて描かれる。だから同じ場面を、違う角度から、何度も繰り返して見ることになる。これは映画だとわかっていても、同じ場面がそれぞれの生徒にとって、まるで違う重さを持つことに、思わずため息をつくしかない。
ハイスクールのなんと言うことのない気だるさが、日常にありがちなデティールを丁寧に描くことで、どんどんリアルに浮かびあがってきて怖くなった。まるで自分が、その時代に一気にひきずり戻され、本当は不安に押しつぶされそうなのに、強がってみせている気分にさえなる。
さまざまな意匠を凝らした映像と、ベートーベンの『ピアノソナタ第14番』や『エリーゼのために』など効果的な音声のせいか、ありがちな情景を描いても、この映画はまったく凡庸ではない。それどころか、一瞬たりとも目が離せない。
手の混んだいじめや、速やかに銃が手に入る現実、少年少女たちが抱く自分たちの気持ちを読めない教師へのいらだちは、確かに描かれてはいるのだけれども、映画のなかの銃乱射事件にとって、それは要素のひとつに過ぎない。
あの空気、あの鬱屈…。確かにここからは、銃ですべてを撃ってしまいたいという衝動が、生まれるかもしれない。想像するくらいなら、たぶん自分だってやっている。
しかしただ考えるだけではなく、本当にこれを実行してしまった犯人たちには、まるでついていけなくなった。殺したいと考えることと、実際に殺してしまうことの間には、決定的な違いがある。専門家によると、自分が人を殺してしまうのではと不安になるようなタイプと、実際に殺してしまうタイプとは、思考回路がまるで違うのだそうだ。
最後の銃乱射事件は、単なる衝動ではなく、冷静にそして残酷に行われる。実を言えば、あまり観たくないシーン。それなのに、ひとつひとつの場面や音声は、ずっと覚えておきたいと思うほど不安定な魅力に満ちていた。