『私小説―from left to right』

私小説―from left to right 

水村美苗 著
ちくま文庫

タイトルが挑戦的。「私小説」とわざわざ、現代作家が銘打ったら、そこにはなにかがある。

12歳から20年間をアメリカで育ちながら、日本文学を読みふけり、実際の自分とは、違う自分がいるように感じていたこの作者は、横書きで英語交じりの日本語小説を書く。それが彼女の私小説。

これだけの長文を横書きだと、習慣的に少し読みにくくはあるけれども、そのため、現実がシビアにそしてリアルに、読み手まで伝わってくる。

この小説のネックとなるのは、主人公と姉が、広いアメリカで唯一つながれる電話。その電話線のみを通して、姉妹のとめどないお喋りが、彼女たちの過去から現在、さらにぼんやりと見える未来までを行ったり来たりする。

海外(特にここでは欧米)に住む孤独は、繰り返し文学作品で扱われてきた。そしてそれのどれを読んでも、圧倒的な孤独と足もとの不安定さに打ちのめされる。望んで海外に行った人でさえ、晩年になると日本へ帰ってきたがるのを見ると、やはりそういう孤独や不安は、私が想像できないほど切迫したものなんだろうかと考えてしまう。

海外で暮らしたことのない私には、それらを本当に理解することなどできないのかもしれない。ただ、主人公の年齢設定が自分と同じだったこともあって、この小説に書かれたことのひとつひとつが、ヒリヒリと自分の身へ迫ってきた。

海外に住む日本人というのは、もしかして日本に住む日本人が漠然と感じるだけですんでしまうことを、もっとはっきりと受け止めなくてはならない存在なのかもしれない。

横書きでバイリンガルという以外には、現代日本語の感覚から言えば、むしろ不必要に古めかしく感じる。それは作者が日本語を、文学作品から得るしかなかったせいか。

しかしこの作品は、日本という土地にどっぷり浸かっている私たちの現代的な苦しみと不安に、しっかりとつながっている。

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