2009年 ポルトガル・フランス・スペイン合作
原題: Singularidades de Uma Rapariga Loura
監督・脚本:マノエル・デ・オリヴェイラ
原作:エッサ・デ・ケイロス「ある金髪女の奇行」
撮影:サビーヌ・フランス
出演:リカルド・テレバ、カタリナ・ヴァレンシュタイン 他
飯田橋ギンレイにて
長距離バスに乗った若い男は、隣合わせた見知らぬ女性に、自分の身に降りかかった体験を語り出す。「妻にも友にも言えないような話は、見知らぬ人に話すべし」そんな格言の言葉に従って。
江戸川乱歩の傑作短編『押絵と旅する男』の冒頭のような滑り出しでも、別に不思議なことが語られるわけではない。ただ、ときにリアリズムは、ファンタジー以上に奇妙な世界を見せる。
青年が語りはじめたのは、叔父の店の二階で経理の仕事をする自分と、その窓から見える向かい側の建物の二階に住む女性との運命の出会い。それは強い情熱に突き動かされる若き純愛の物語。しかし、どうも、なにかがおかしいぞ?
少女が窓際で仰ぐ扇のシノワズリーが、少女の美しさと神秘性を際立たせる。ただその扇が遠く離れた東洋のデザインであるように、少女の存在はミステリアスで訳がわからない。
この映像や音の質は、監督のオリジナリティなのか、それともポルトガルという土地が生み出す街の色気なのか、彼の地に行ったことのない私にはわからない。ただ、石畳の続く街並み、時を刻む時計台の鐘の音、そのどれもが、見事な映画のセンスを運んでくる。
このふたりの結婚を、かたくなに青年の叔父は認めないが、その理由はなんとなく私たちにもわかる。ふたりは美しい風貌以外は、何一つ接点がない。上流の出なのだろうが、今は金銭的にあまり恵まれていない女性やその母は、文学や芸術のサロンに出入りしている。でも、ここで求められる教養や会話のウィットを、青年は絶望的に持ち合わせていないのだし。
それでも、数々の障害に負けず、ふたりの恋は続く。何より、青年の女性への献身は本物だ。結婚を反対され、叔父に解雇されて失業しても、結婚をあきらめず、彼女と結婚するためなら、遠い土地でのつらい仕事を成し遂げてひと財産を作る。それを突然失ってもなお、再チャレンジを厭わない。叔父がその姿を見て、気持ちを変えるのも当然だ。
しかし長距離バスの中で、隣の女性に何度も青年が嘆いていたように、青年の回想は、やがてとんでもない結末で幕を下ろす。
監督であるオリヴェイラ監督は、この映画の撮影時に百歳を迎え、いまだ現役。なんでしょう、このセンス、抑えに抑えた官能。最後に観客を、感動から引きずり戻すサディストぶり。映画の才能や瑞々しさ、そして作品作りへの真摯さは、年齢とは何の関係もないとよくわかる。
リアリズムの手法で描きながら、カタリとそこからはずれたシーンがあり、そのためかえって痛みがヒリヒリと伝わってきた。
古めかしいフォルムを持ちながらも、その手法は過激なほど前衛的。観終わった後、この時代にこんな映画を、同時代の作品として観られることのうれしさに、思わずため息をついた。