アンジェリカの微笑み
原題 O ESTRANHO CASO DE ANGELICA
監督・脚本 マノエル・ド・オリヴェイラ
2010年
ポルトガル、スペイン、フランス、ブラジル
97分
公式ホームページ
オリヴェイラ監督101歳、「晩年」の作品。でもこれ、最後の作品じゃなく、最後から二番目の作品ですからね。そして、下手をすると若い監督の作品より、はるかに瑞々しい。感性の若さというのは、実年齢ではなく、持って生まれたものなのだとよくわかります。
若く、神経質そうな写真家の主人公が、夜中にいきなり「亡くなった娘の写真を撮ってほしい」と、屋敷に連れて行かれます。ユダヤ教徒の彼ですが、キリスト教徒の若いお嬢さんの死を、痛ましく思う気持ちには変わりありません。
青い椅子に横たわる死者は、まるで眠っているかのよう。ファインダーの中で、死者はふいに蘇り、主人公に親しみ深い笑顔を見せます。それ以来主人公は、この「アンジェリカ」という娘のことが、ひとときも忘れられなくなり…。
夢か現か、生者の世界か死者の世界か。そのあわいにあるような、あまりに美しく、繊細な作品。
幻想の中(いや、実はこちらも現実なのかも…)で、恋人と空を飛ぶ主人公の姿は、子供の頃父の書斎で観たシャガールの画集の一枚の絵を思い出させます。あの独特な雰囲気に、映像でここまで迫れるとは思ってませんでした。しかもモノクロームで。
生きることが、あまり上手でない人の中には、生きているうちから、あちらの世界に半分足を踏み入れた感じの人がたまにいて、生きることにしがみつかない彼らは、やはり思いのほか早く、生を簡単に手放してしまう気がします。
監督の他の作品の多くからは、生きることの喜びが感じられていたので、この作品では死が強く意識されていることに、少しさみしい気持ちにもなりました。でもそれこそが、理想なのかもしれませんね。死へといつのまにか、確実に近づいていく。
映画を撮る技術やスタイルこそ、継承することができても、作家の持つ感性や美意識の方は、本人が亡くなると同時に消えてしまう。過去の作品を観れば、その中に残されているとしても。
亡くなった106歳は大往生でしょうが、ファンとしては、二度と手に入らないものを手放したさみしさで、胸にぽっかり穴があいたままです。