『ゴースト・ドック』

ゴースト・ドック

原題:THE WAY OF SAMURAI
1999年
米・仏・独合作アメリカ映画
監督/脚本:ジム・ジャームッシュ
撮影:ロビー・ミューラー
音楽:RZA

いまや滅びた旅行鳩の視点からはじまった映画は、主人公の殺し屋「ゴースト・ドック」が、盗んだ高級車を発車させた後、カーオーディオから流れ出した音楽とともに、不思議な安定感を保ちつつエレガントにすべり出す。

それはもう止まらない、「ギャング」と「武士道」と「読書」についての大切な映画。また、「葉隠」と「藪の中」と「ヒップホップ」と「旅行鳩」の映画でもあり。

ここで用いられる「葉隠」は、三島由紀夫の「葉隠入門」でも知られている武士道についての本。ただ、現代の日本人が、どれくらいこれを読んでいるのか。大体、ジャームッシュ自体、本気で使っているのか、冗談なのか。

確かなのは、そこに引用された「葉隠」のセンテンスを、一応日本に生まれ育った私と、現代のアメリカ・ストリートに生きる殺し屋が、同じように解釈したこと。

用いる武器が、刀ではなく拳銃だったり、生きているステージの違いはあっても、ゴースト・ドックは「葉隠」に書かれたことを深く理解し、筋の通った生き方をする。それは、形だけの日本かぶれではなく、内面に深く根を下ろしている。

日本では、戦時中に、この「葉隠」の冒頭『武士道とは死ぬことと見つけたり』を、軍事教育に用いられた過程などもあるので、かえって異国での方が、本来の意図を、汲みとることができた…ということもあるのかもしれない。

ギャングとか武士道とか、ちょっとまちがえば、絵空事になってしまう題材を用いながら、浮ついた雰囲気がない。十分ふざけてはいるのだけれど、足元はしっかりしている。 ときどき、日本の武士映画に見られる、自己陶酔も、まるでない。

ひとつひとつ丁寧な、登場人物の描写。思わず笑っちゃう癖やディテールは、もうお見事。

言葉も解せずに、固い友情で結ばれているゴースト・ドックとアイスクリーム屋。どんな深刻なシーンでも、それを包んでしまうユーモア。いまや時代遅れとなった古いギャングのしきたりや、武士道の忠誠心へのさりげない愛情。

そして大切なことが、本を用いて、次の世代へと手渡される最後のシーン。 その全部が、うまく噛みあって、繊細な映像をつくりあげている。

観客それぞれが、そこになにかを補うことで、複雑な魅力を放つ映画。

語りたくないといったわりに、語ってしまった…。ぜひ、観て下さい。

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