ゲイリー・ヒル 幻想空間体験展
ワタリウム美術館
東京都渋谷区神宮前3-7-6
期間:2000年9月1日~2001年1月14日
ナム・ジュン・パイクをはじめとするフルクサスメンバーを、アメリカのヴィデオアート第一世代とするなら、1980年代からの第2世代の担い手として、様々な手法で作品を作ることで知られるゲイリー・ヒルの展覧会。
最初の会場・ワタリウム美術館の1Fには、「リメンバリングパラリングエイ」という作品がありました。あらかじめ読んでいたチラシには、「遠くから女性が近づいてくる」と書いてあるんですが……。
これがもう本当に「ものすごく遠く」から、近づいてきます。なにしろはじめは、壁に映された小さな光の点にすぎないのですから。その光の点が、グニョグニョとうごめくと、ようやくそれが人間の形をしていると判明。音もない暗闇のなかで、「映像ごと」大きくなる女性は、少し躓くような独特の歩き方で、どんどん近づいてきます。
いつの間にか驚くほど巨大化した女性は、立ち止まって大きな声で叫ぶのですが、目はうつろで、なんとも悲痛な叫び声。
これがすごく怖く感じられます。本来は他人には見えないはずの心の奥にあるものに、何かの拍子で出くわしてしまった。そんな感じで。
幽霊を見てしまった人は、怖いと感じる以前に、「うわあ、見ちゃった」と思うのだとか(あくまでも、幽霊を見たことのある友人の体験談)。この作品を観た瞬間、同じ言葉が心のなかに浮かびました。
日常の感覚では理解できないほど小さなものや、逆に大きすぎるものは、恐ろしいと感じられるというのもあるかもしれません。
暗闇のなか、同じ部屋には、ゆっくりとサーチライトが流れる作品も置かれていました。女の叫びが終ってから、その光を振りかえって見ると、やっぱり今のは、「見ちゃった」ものだなと思えてきます。
3Fの会場には、作者のゲイリー・ヒル自身が、なにやら叫びながら、壁にぶつかる映像が流れていました。一度ぶつかると、映像自体もそのたび途絶えて、再びぶつかる映像が映し出され、それがただ繰り返されます。
記憶のフラッシュバックを思わせるような、なんとも「痛い」映像の連続を見続けていると、自分の方がおかしくなってしまい、これが見えている気分に。ちょっと不安定なところがあって、まわりの人の精神状態に引き摺られがちなタイプの方は、くれぐれもお気をつけ下さい。
さらに振り返ると、この美術館の構造上、一階下となる壁に映写されるさっきの叫ぶ女性の動画が、だいぶ遠くになってもまだ巨大に見え、叫び声まで聞こえてきます。こうなると、会場全体が一気に怖い異空間に。
その上の階では、机に向ってなにやら書き物をしている男の姿が、彼の後頭部・左手・右手の3つの部分に分割され、小さな画面に映し出されていました。男は、左手で鏡文字を書いてみたり、水を飲んだり、それを飽きもせずに続けています。
なんて変な奴……。しかしそれを、じいっと眺めている私も変な奴。 孤独です。この作品もとても孤独。見ている側は、その孤独に、ついついつきあってしまう。
最後の作品「ローリンルームミラー」は、水平移動と上下移動の2つのコンピュータで制御されたシステムで成り立っていて、窓から差しこんだ光のような映像が、会場の壁や天井、床に投影されていました。他人事のようにそれを眺めていると、いつの間にか、その映像のなかに、鑑賞者にすぎないはずの私自身も取りこまれてしまい、あらっと思った時には、映像の外に放り出されています。
この作品に一瞬取り込まれたとしても、それは道を歩いていて、向こう側から来る人が視界に入ったように偶発的なもの。誰かに見られたとすら、感じないかもしれない。でも一度巻き込まれたからには、もう関係性が生じてしまっています。
タイトルは「幻想空間体験」。でも体験したのは、幻想ではないかな? ただ、普段見えない部分を見たという忘れがたい「体験」であることは事実で、それはやはり幻想なのかもしれません。作品を体験する前とは、自分自身のなにかが違ってしまった。