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a.I について

書籍や雑誌を中心とした編集者・ライターです。

『ジャズの本』

ジャズの本

ラングストン・ヒューズ
木島 始 訳
晶文社クラシックス

ジャズを好きと言うと、「おしゃれなのが好きなんだね」と返され、絶句したことがある。そしてとても悲しくなった。

ジャズが好きと言っても、他のジャンルの音楽も同じくらい聴くし、詳しい知識なんてまるでない。ただ心の中にあったリズムと、驚くほど波長の合う音楽は、調べてみるとなぜかジャズに関係していた。そういう音楽を聴けば、ただ理屈なしに共感してしまう。ただそれだけのこと。

もしかして私の好きなジャズとは、現在の洗練されたジャンルとしてのジャズと、少し違っているのかもしれない。そう思ったことがあるせいか、この『ジャズの本』を手にして、はじめのページをひらいたとき、私が漠然と描いていたジャズにイメージがぴたりと一致したので、うれしくて小躍りしたくなった。

著者のラングストン・ヒューズは、ジャズやブルースのリズムの影響色濃い詩で知られ、アフリカ系アメリカ人による様々なアートや音楽、文学の全盛期である「ハーレム・ルネッサンス」の重要な担い手である詩人・作家・ジャーナリスト(ちょっとまとめるのが難しい…)。そのヒューズの平明な語り口、 そして丁寧な翻訳のためか、内容が心にストンと落ちてくる。ざらりとした質感の装丁も、切り絵のような挿し絵も、本を読むよろこびを感じさせてくれる。

『いまお話したようなのが、 ジャズという音楽の発生なので、--みんなが楽しむために演奏をしたことからはじまっています』
『他の国々の音楽とアメリカのジャズを区別する主なことのひとつは、ジャズにじつにリズムの種類がたくさんあることです。ある点では、ジャズはアフリカの太鼓を打つことから成長したといえます。太鼓は人間の基本的なリズム楽器です』

これらはみんな、短くわけられた章を、まとめて「しめる」言葉。それらを一列に並べるだけで、ジャズの精神の基本が透けて見えてくる。

『つまりジャズはいつも人々を「動き」たくさせるのです。 ジャズ音楽は、あわせて動き、あわせて踊る音楽です。--ただ耳を傾ける音楽ではありません』

ジャズと霊歌(スピリチュアリズム)との、切っても切れぬ深いかかわり。ソロウ・ソング(悲しみの歌)とジュービリーズ(喜びの歌)が、ジャズに与えた影響。ブルースの絶望のなかのユーモア。その他に、ラグ・タイム、ブギ・ウギ、即興演奏、シンコペーション、ブルー・ノート、リフ、ハーモニーなどなど、ジャズには欠かせないキーワードが、魅力的な挿話とともに語られてゆく。

『今日の音楽家たちは、ジャズでもってやはり楽しんでいます。--ちょうどむかしのスパズム・バンドの少年たちが楽しんだように。--そして世界中の人々がそれを楽しんでいます。--アメリカの音楽は、楽しみでもあります』

そして当時まだ出たばかりだったロックン・ロールについて、ヒューズが触れた部分。

『ーしかし…歌は正しいのです。愛して、愛があなたに戻ってこないということが、どれほどひどいことかを知るのに、あなたは若すぎるということはありません。それはブルースとおなじほど基本的です。そして、それがロックン・ロールの正体です』
『ロックン・ロールは、それらをみんなごっちゃにして、たいへん基本的なひとつの音楽をつくりますから、それはまるで肉屋の使う肉切り包丁みたいです』
『もしルイ(・アームストロング)が、J.Jやカイはーエルヴィスさえもーじぶんの出てきたのとおなじ海から出てきてのではないと考えるようでしたら、ルイは老いぼれようとしているに違いありません』

鋭くて、それでいて実に優しい。当時まだ新しかった音楽・ロックンロールに対しても、あたたかいヒューズのまなざしを感じる。

『作家が語る私と日本語(高橋源一郎講演会)』

作家が語る私と日本語(高橋源一郎講演会)

 世界の「物語化」を避けるには?

《随分前になりますが、朝日カルチャーセンターであった高橋源一郎氏の講演会へ行ってきました。字数がないので、覚書きで。後半、文学部の一般教養の授業みたいになりますが、この基本を保ち続けることは、確かに難しい…》

講演テーマ…戦争と小説と日本語
および日本近代文学と「百年の孤独」について

(日にち)2003年3月24日

(場所) 住友ビル43階33教室

☆戦争報道について

○日本のイラク戦争の報道
日本のニュースやワイドショーの論調は、いきなり花火があがってしまう。新聞などでも、事実から切り離された目に入りやすい言葉が宙をさ迷っている。あとはどうでもいい情報(「フセイン金髪好き!」など。スポニチの「フセイン宇宙人と交信!」までいけば見事。まあ確かに…)。

視聴者は、自分で判断して考えるための「情報」が欲しいのに、ブラウン管のむこうには、誰かの「意見」ばかりが飛び交っている。

○突然ですが、今なぜファンタジーが流行るのか。
・ファンタジーとは?
夢+物語
現実とは他に別の世界があって、主人公がそこへ行って、場合によってはまた戻ってくる。
例)ハリー・ポッター、ロード・オブ・ザ・リング、千と千尋の神隠し

現在のイラク戦争で、フセインやラムズフェルトが言う「悪の枢軸」というのは、よく考えればファンタジー。

目の前にある映像は事実。ただそれの用途が違っている。ハリーポッターでのほうきのように。

○チョムスキーの話し方
くどいほど、「この問題について集められた情報の範囲では、こういう結論が導かれる」と繰り返す。「私が知っているのはこれだけだ。あとはわかりません」というスタンス。戦争について語るには、本当はこれが一番必要。
←現実をファンタジーすることへの唯一の対抗策。

☆物語化(ファンタジー化)を避けるには?

○物語の鉄則
主人公は物語の中にいると気づいてはならない。

○映画の場合はどうやって「物語化」を逃れた?
・ゴダール『きちがいピエロ』
途中で何度も、ピエロがアンヌに言う。
「これってお話っぽくない?」
↑自分が物語の中にいると気づいている。それを口に出してしまうことで、物語化を逃れた。

○小説は物語に弱い?
日本近代文学の起源は、ガルシア・マルケス『百年の孤独』に似ている。
『百年…』にでてくる村は、はじめは物の「名前」がほとんどなかった。
それに対して、日本近代文学は、まず言葉を「変えて」みた。しかし変えてはみたものの、何を書いたらいいかわからない。

○ヨーロッパの「言葉+価値観」を直輸入。
「青春」「恋愛」「キリスト教」など。
なかでも究極の輸入品は「私」(このあたりは有名)。
…強い意味のある言葉として使ったのは明治20年代後半。
『蒲団』(田山花袋)

○この頃は「私」でさえ、人工的な言葉だった。そのことを念頭において、言葉には配慮し続けなくてはならない。

《最後、どうまとめるんだろうと思っていましたが、まとめはなく、鶴見俊輔氏の訳した詩の朗読で〆ました。そうやって物語化を避けたのか…。》

『エイヤ=リーサ・アハティラ 展/ 「ヴィデオアート」と「映画」の境界』

エイヤ=リーサ・アハティラ 展/ 「ヴィデオアート」と「映画」の境界

2003年3月21日(金)~6月8日(日)まで
東京オペラシティーアートギャラリーにて

フィンランドのヴィデオアーティストであるエイヤ=リーサ・アハティラの展覧会。今回の展示は、複数のスクリーンを用いたヴィデオインスタレーションが中心。ひとりの女性を主人公に配して、彼女の精神崩壊の危機を描く。

たとえば3面に渡った画面で、それぞれ少し時間をずらしながら進む映像からは、張りつめた精神状態の女性の心境が、痛いほど伝わってくる。理想と現実。そのギャップの前に、もろく崩れ去ってしまった女性たちは、いささか極端な形で映像の中で主役を演じる。

そこまで極端ではないにしろ、まわりから見たらさぞ滑稽だろうという心理状態に陥ったことは、私だって多少はあるわけなので、なんだか身につまされる思いで、この十分ほどの物語を眺めてしまった。

自己愛の極地……。確かにそうなのだろうけれども、それを全く他人事と思えるほど、私自身も強くない。

例えば最初の映像に出てくる白人女性は、叫んでまわりに不快感を与える近親者がいるため、精神的に極限に達しても叫ぶことができず、その代わりに自分の手を噛む。怒ってベットを壊すにしても、きちんとマットレスをはずして準備する。彼女は自分の行動が、滑稽だとたぶんわかっている。そんな鬱屈した行動のため、見ている側は、気持ちよくカタルシスも感じることができず、なんだか宙ぶらりんな心境に。

「精神科医になるつもりだったのに、自分が精神科に通うことになるなんて思わなかった」というモノローグなど、気の毒と思っていいのか、笑うところなのか……。

完全に狂えるわけではなく、理性に片足をつっこんだまま。ああ、自分はおかしくなっているなぁと、外側から自分を見つめているもうひとりの自分がいる。それが伝わってくる映像は、精神的な危機状態を、極めてリアルに示唆しているのではないだろうか。

それでいて、色とりどりのミニカーが配された壁や、自然のなかを「中途半端に」飛ぶシーンなど、魅入られてしまうシーンも多かった。

ただ、この作品にうっかり感情移入してしまうと、「私ってこれから社会でやっていけるのか」などと感じて、ドーンと落ちこんでしまったりするのでちょっと注意。

『水の中のナイフ』

水の中のナイフ

(原題)Noz w wodzie
1962年 ポーランド
監督/脚本:ロマン・ポランスキー
脚本:イエジー・スコリモフスキ、ロマン・ポランスキー、ヤクブ・ゴールドベルク
出演:レオン・ニエンチク、ヨランタ・ウメッカ、ジグムント・マラノヴィッチ
音楽:クリシュトフ・コメダ

この映画は、登場人物をたったの三人に絞った密室劇。

とはいえ、水上に浮かぶヨットというのは、本当に閉ざされた空間なのだろうか。空がひらかれている。湖の周囲には、少し泳げば辿りつける岸もある。しかし円形にひらかれた空は、逆に蓋となって、その中に彼らを、閉じこめてしまうのかもしれない。

いまや成功者であるアンジェイは、名誉と金は手にしたが、もう若さを失っている。その欠落を埋めるためか、湖に行く途中に車で拾った青年を、なぜかヨットに乗せる。

その青年は、若さがあっても金はなく、人生がすべてうまくゆかないと感じている。 そんな男たちの屈折とは無縁であるかのように、美しく自由に振る舞う妻クリスチナ。

無意識のうちに観客は、聖域のごときクリスチナを中心として、この奇妙な三角形が、音を立てて崩れるのを期待するだろう。 結局この作品は、その期待に応えてくれるのだが、そこにいたるまでの伏線は、静かに、それでいて魅力的に張られてゆく。

自分は泳げないのだと強調する青年。水上での、ナイフを用いた青年の危険な遊び。知識と富をひけらかすアンジェイと、彼の話をまるで聞かない青年。クリスチナが時折見せる奔放さ。アンジェイの嫉妬。

たった一日のことなのに、湖には、雨が降ったり晴れたりと、天候までもめまぐるしく変化する。まるで三人の心の内を、表わしているように。

この後、たとえ何が起ころうとも、朝が来れば、アンジェイもクリスチナも青年も、何らかの形で、この開かれた密室から出なければならない。それぞれの思いを抱え、ククリシトフ・コメダのジャズと共に、外へ踏み出して行く。

予想されたクライマックスは、一見平穏に幕をおろす。雨もやんだようだ。はじまりと同じように、夫婦を乗せた車は、湖畔を走りぬけてゆく。

『傾く小屋 美術家たちの証言 since 9.11』

傾く小屋 美術家たちの証言 since 9.11

2002年11月12日~12月15日
東京都現代美術館にて

(主催)財団法人東京都歴史文化財団/東京都現代美術館/セゾンアートプログラム

この展覧会は、美術館という箱を失っても中身は保ったセゾンアートプログラムが、東京都立現代美術館という立派な「箱」を使って企画をするという珍しいコラボレーション。

それぞれの作品の傍には、以下の質問に対しての各作者の回答が貼られている。

1. 9.11以降の世界を意識した現代社会における文化(美術)の状況と自身の制作活動について。
2. これからの美術館と作家について

いずれも相当な難問。多くの作者が、特に1に関して、極めてまじめに真っ向から回答しているせいか、少し大仰で堅苦しく感じる。ところが作品自体は、その文章とは違い、見事に9.11を「迂回」している。

最初に目に飛びこんできたのは、斉藤芽生氏の作品。そこからはダイレクトに「心の闇」が感じられた。団地というコンクリートの壁に押しこまれたときの圧迫感、冷たさや寂しさ。年が離れた末っ子だけど一応兄がふたりいた私でも、ひとりっ子が父母のすべてを受け止めるような圧倒的な息苦しさが、この作品を通すとヒリヒリと感じられる。

「花輪シリーズ」にしろ「晒野団地住居案内」にしろ、心の傷のあからさまな表出と、すっかり確立された個性に、現代らしからぬものと現代そのものの両方を感じたりもする。いろいろな意味でギリギリな作品。この「怖さ」に妙な親近感を覚えてしまうのは、闇にポツンと浮かびあがる街灯を、子供のころはまだ目にした世代だからかもしれない。

豊嶋康子氏の作品は、いろいろなジャンルの企業の株(主にミニ株)を定額で購入。しかし利益のための売買は一切行わず、そのまま放っておく。さらにあらゆる都市銀行に、口座を開設したりなど、いろいろなアクションをおこし、その過程をすべて展示するという作品。

1996年から始まったこの作品は、ずっと続いて現在に至る。こういうことを思いつく人はいるのかもしれないが、展示された経済関連書類さえ、殺風景ながら美しさを感じさせてくれて、なんだかうれしくなってしまった。放置された株価がこの期間、ドラマティックな展開を遂げたのは、みなさんご存知の通り。

誰もが儲けようと必死になっている株投資に、芸術として踏みこんでしまうこの姿勢は、徹底して客観的な立場を生み出し、経済専門誌をはじめとするジャーナリズムの分析より、下手をするとはっきりと現状を映し出してしまう。

展覧会の「傾く家」というタイトルが、この作品から想起されたという中村一美氏の展示は、立体作品・絵画作品ともに巨大で、東京都立現代美術館という大きな箱を、フルに活用。

作品自体に加えて印象的だったのは、質問状の回答にあった作者の社会への視点。作品の美しさに対して、言葉の方はかなり強く、そのギャップが激しかったから。

宮本隆司氏の作品は、俗にホームレスと呼ばれる人々が作った「ダンボールハウス」の写真の展示と、作者自身が実際にダンボールハウスを作って、その中に作った小さな穴(ピンホール)から、社会を覗いた作品など。

ホームレスの人々が作るダンボールハウスには、驚くほど工夫がなされている。これだけ高い能力があるなら、あらためて何かができるのではないかと思ってしまうが、実際には一度はずれてしまうとなかなか戻れないことも多いと思うので、かろうじて社会生活にしがみついている私などが、簡単にそんなことを言っていいはずがない。

たくさんのカラフルな石鹸を、ビニールでひとつひとつ包んで展示した作品は、横溝美由紀氏によるもの。本物の石鹸とフェイクの石鹸があるそうだが、まったく区別がつかない。このカラフルさは、子供が喜ぶキャンディーのような趣き。キャンディ包みの持つ儚さはそのままなのに、作品と呼ぶにふさわしい謎の存在感があった。

もうひとつの作品の美しさにも、素直に感激してしまった。日本では採取されない岩塩を、上からいくつも吊るしたもので、床にも岩塩を敷きつめてあり、何もかもが真っ白な作品。作者自身が「初めて自然素材を使った」と書いていた。

この作品の傍にいると、雪が降りはじめたとたんに時が止まり、中空で粉雪が浮かんだ状態でかたまっている中に、立っているような気分になる。ただ美しい錯覚を運ぶだけではなく、心の中にすっと入ってきた。

興味を持った作品には、不思議と自分と同世代の作者が多かった。全然違う環境で育っていても、無意識のうちに、その時代の空気や文化に染まっているものなのかもしれない。

『カンディンスキー展』

カンディンスキー展

東京国立近代美術館にて
2002年3月26日~5月26日

二十世紀前半に、抽象絵画の方向性のひとつを生み出したワシリー・カンディンスキーの展覧会。

カンディンスキーの大規模な展覧会は、日本で初めてというわけではないけれど、今回はカンディンスキーが、抽象絵画へと進んでいく過程にスポットライトを当てている。

今まであまり扱われてこなかった「不遇な」ロシア時代に触れたり、最初期のまだ独自性が出ていない頃の作品の展示もあったり。カンディンスキーの作品をひととおり観たことのある観客の方が、なおいっそう楽しめるかもしれない。

抽象絵画へ進む過程が中心の展示だからとわかってはいても、「パリ時代」の作品が一枚も観られないのはちょっと残念。

とはいえ、画面からいまにも音楽がこぼれおちてきそうな「モスクワ」シリーズや、おなじみ「コンポジション」シリーズの迫力には、やはりワクワクさせられる。

特に「コンポジション」の制作過程を示すスケッチの展示は、一見勢いで描かれたかに見える「コンポジション」シリーズが、カンディンスキーの理念に基づいてしっかり構成された作品だと、はっきりわからせてくれた。

『エスター・カーン』

エスター・カーン

アーサー・シモンズ 著
工藤好美 訳
平凡社

十九世紀末から二十世紀のはじめに生き、ヴェルレーヌやマラルメの翻訳者にして、ジェイムス・ジョイス「ダブリン市民」の出版者でもあるイギリスの作家アーサー・シモンズの短編集『心の冒険』。このなかにおさめられている「エスター・カーン」が、最近デプレシャン監督によって映画化されたこともあり、あらためて八篇のなかから五編が選ばれ、「エスター・カーン」を表題にして新書化された。

読みおわって本を閉じると、誰が言ったのかは忘れたけれども、「その時代の文学とは、新しく創られるものではなく、かつて書かれたものの中から、時代が発見するもの」といったような言葉が、ふいに思い出される。それほどにこの小説は、現代にリアリティをもって迫るものと思えた。

作品のひとつひとつは、いずれも納得がいくように人生を送ろうとする主人公が、試行錯誤を繰りかえす物語。

彼らの多くは、「不幸」と思われる状態に着地するのに、それしか方法はなかったと納得できるから不思議。それほど主人公たちは、自分の「本当に求めているもの」を、確実に見つけて迷わずに行動する。不幸とか幸福とか、そんな抽象的な言葉ではとてもあらわせないほど、彼らの取る行動や考え方は具体的で明確。遠い未来を思い描いたり、過去を振り返るのではなく、その瞬間を、ものすごい密度でただ生きる。

最初の「生の序曲」は、作者の自伝的作品。後半で母について書かれた部分が、彼の作品の主人公の存在につながるように思えた。

「母にとっては過去も、現在も、未来も、それはただ一つの存在のそれぞれの瞬間にすぎず、生が彼女のすべてであり、生は滅すべからずものであった。彼女自身の個人的な生命は、眠っている間でさえ、しばらくも休むことがないほど溌剌としていた」

要領が悪くて頑固な女優エスター・カーンも、最後の瞬間まで自分が求めた作品を描こうと試みた画家ピーター・ウェイデリンも、四十歳で初めて愛した自分の妻を「心の都」へ招待して失敗したダニエル・ロゼラも、「自分を愛するよりも深く神を愛する」ために悪魔のように公然と神を冒涜した漁師シーワード・ラックランドさえも、読み進めている瞬間には、いきいきと目の前に立ちあがってくる。

彼らの生き方は、ことごとくまわりとの調和を欠いている。だから不幸という状態に陥るのだろうけれども、たとえ誰がみても幸福という状態でも、納得がいかないこともあるし、不幸だと同情される状態でも、すべての辻褄があっている場合もある。まわりにいる人たちには、彼らの行動は突飛で理解しがたいだろうけれども、読みすすめている読者からすれば、その行動が止むにやまれるものだとわかる。

本を読み終えた時、前書きのデプレシャン監督による指摘に、深く共感した。このアーサー・シモンズという作者は、自分の考え方にあわせて登場人物たちを生み出すのではなく、登場人物たちの生き方を尊重して、彼らの内面の言葉へ耳を傾けながら小説を書いたのだということ。

それぞれの作品の主人公たちは、まちがいなく、納得した生き方を自らの手でしっかりとつかんだのだ。通常の野心や目的とは、かなり違った危険な「心の冒険」によって。

『明るい部屋―写真についての覚書』

明るい部屋―写真についての覚書

ロラン・バルト 著
花輪光 訳
みすず書房 刊

タイトルの美しさもあって、あまりにも有名なロラン・バルトの写真論。

時を経た分、写真のポジションが、今とは違っているかもしれない。写真を用いての表現が、あまりにも多様になってしまったこの頃だから。しかしそういうささいな部分が、まったく気にならないほど、妙に共感しながら読み進めた。

例えば、写真という映像表現の「新しさ」と同時にある「古めかしさ」について。その後に映画などの映像媒体が出てきたからというのではなくて、確かに写真に撮って紙に焼かれたものは、その瞬間から古めかしくなるように感じるから。

そして第2章に入ると、彼のようなスーパーインテリが、亡くなった母への思い出を、感傷的に語る部分があって驚かされた。でもその感傷は、アルバムをめくって写真を観るとき、感覚がリアルに呼びおこされる状態に、とても良く似ているのではないだろうか。

読み終えて本を閉じたとき、単なる読書にはとどまらない、不思議な体験をしたと感じた。ただ普通に書いたのでは、絶対に辿りつけない写真の本質に、あの手この手で、ぐんぐんと迫っていく。

たとえ報道の写真であっても、本当か嘘かわからなくなってきた昨今、読んで良かったと心から思える本。

『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』

アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない 恥辱のあまり崩れ落ちたのだ

モフセン・マフマルバフ
武井 みゆき ,渡部 良子  訳
現代企画室

隣国に出かけたとき、街角で普通に歩いてきた婦人が突然に倒れて、自分の腕の中で死んでしまう。そしてその死因は、病気でもケガでもなく「餓死」だった。それも彼女だけが特別なのではなく、その地域一帯の当たり前の出来事。そんな体験を自分がしたらどうだろう? たぶんこの本の著者である監督のように、その問題にずっと囚われ続けてしまうにちがいない。

日本とアフガニスタンは、距離的にとても遠い。だからこの国について、あまり知らないのだと思っていた。しかし知らない理由は、それだけではなく、アフガニスタンという土地自体が、長いこと「世界中から忘れられていた」からなのだそうだ。

この本は、『カンダハール』というアフガニスタンに関わる映画の監督である著者が、ユネスコの《フェディリコ・フェリーニ》メダル受賞記念スピーチにおいて行った講演から、極めて印象的なフレーズをタイトルに用いた本。

読めば読むほど、アフガニスタンはなんて「八方ふさがり」だったのだろうと愕然とさせられる。

このエリアでは、諸外国は石油産出国にしか目が向かない。巨大な石油産出国であるイランから独立してしまったため、アフガニスタンには農耕しか産業がなくなる。ただでさえも難儀な土地に、追い討ちをかけるように世界的な気候の変動。終いには、アヘンくらいしか栽培できるものがなくなる。

その他、今では多く報道もされているように、この国には悪循環ばかりが起った。悲劇がまた悲劇をうみ、その循環からもう抜け出せない。「侵略者にさえ見向きされない」という世界的な無関心が、この土地を絶望的な貧困へと導いた。

そのことを、このタイトルの言葉に監督はあらわしたのであって、仏像を破壊したアルカイダを擁護しているのではない(はず)。

ただ確かに、いささか扇動的なようにも思えるし、この貧困に比べれば仏像の破壊などなんでもないというニュアンスは感じられ、それとこれとは違うだろうと反論したくはなる。しかし作者がどれだけ切迫した想いで映画をとり、このスピーチをしたのかと考えると、それらの言葉も飲みこんで、この本が言いたいことの根っこを、きちんと理解したいと思える。

それではいま、アフガニスタンは、アメリカの空爆によって、その悪循環から救出されつつあるのだろうか? もしそうだとしても、そんな方法にしか頼れなくなるほど、この土地が放置されつづけたことを、忘れるべきではないと思う。

作者のマフマルバフ監督は、冒頭のような体験を、実際にしてしまったイランの映画監督。インタビューでこの問題について涙を流しながら答弁する姿を見たり、実際に私財を投げ打ってこの問題に対応したり、イラン大統領にアフガンからの移民の受け入れを申し入れたり、その真摯な姿には本当に頭が下がる。

ただ、この本の翻訳者のひとりである渡部良子さんも「あとがき」で触れているが、受けてきた教育のためだろうか、監督の善悪の判断基準が、やや欧米偏重のように感じた。

そんなことも含め、ひとりの東洋人として、この本の内容が遠い国の出来事とは、いつの間にか思えなくなった。ただ私にできることと言えば、アフガニスタンへの関心を、これからも持ちつづけることぐらいなのだけれども。

『山本基個展【迷宮】』

山本基個展【迷宮】

場所:時限美術計画 / T.L.A.P-Time Limit Art Program-
東京都渋谷区神宮前4-17-3 アークアクトリウムB1
時間:12:00 ~ 19:00 (最終日16:00迄)
期間:2002年3月29日(金)~4月7日(日)

靴を脱いでガラスの扉をひらき、会場へ足を踏み入れると、あまりにも真っ白で目が眩んだ。

鑑賞者の足元ぎりぎりにまで迫った作品が、まるで波打ち際に立った気分にさせる。会場の向こう端の白い山から続くのは、床一面に「塩」で描かれた精密な迷路。これだけたくさんの塩を一度に見ることは、もうないかもしれない。

実に精巧な要素とダイナミックな要素が、それぞれ極端から極端へと振れているためか、いままで歩いてきた表参道という町の、どことなく「ほどほど」なのにいびつな街並みから、感覚だけがすうっと切り離されたようで心地よい。

はじめに感じたのが、波打ち際の印象だったからだろうか。都会の真ん中に、突然真っ白い海が現れた。そんな気分で画廊を出た。