夢のなかでみる夢(超短編)」カテゴリーアーカイブ

入れ小細工の夢

新しい美容院を開拓するつもりで、見知らぬ店に入った。すると、20代の頃髪を切ったり、生まれてはじめてパーマをかけてもらったりした美容師の土屋さんが、店長でもなく、下っ端美容師として出てきて驚いた。

土屋さんは腕がよく、店を変わった先の四谷まで追いかけたが、結局アメリカで写真を学ぶと言って、美容師自体を辞めてしまった。復帰したんだろうか? それにしても、ずいぶん若く見える。最後に会ったのは、20年以上前なのに。

いやすごい偶然だ。そう思った直後、ああこの店と土屋さん、前にも夢でみたなと、過去の夢の方まで鮮明に思い出した。

残念ながら施術前に、今度も夢から目覚めてしまう。

朝のまどろみのなかで、しばし感慨にふける。だって夢のなかで、前にみた夢のことを思い出したわけだから。しかもしばらく忘れていたような、古く印象の浅い夢を。まるで入れ小細工みたいに。

土屋さんは、ストレートロングヘア男子で、本来の土屋さんとはまるでイメージが違う。店は薄暗く、開店してるのかどうかすら不明。でも活気はあった。

誰もいないのに、活気だけあふれたあの気配は、本当に生者のものなのか。そもそも土屋さん、ご存命なのかな? 私より十歳年上とすると、年齢的にはもう油断ならない。

土屋さんに不似合いな、赤い内装に銀色リボンという、クリスマスカラーの店内には、あかりすらついていなかった。

急に今までの担当美容師が、東京に戻ることになり、本当に今新たな美容院を探している。なかなか相性のいい美容師さんに巡り会えないから、土屋さんに切ってもらえたらと、思うようになった。

この頃は、無意識のうちに、この夢でみたあの美容院を探し、たまにネットでも検索する。あの生者の気配がない活気ある美容院を。おそろしいことに。

忘れたくないもの

数日前から、眠っても眠っても眠く、仕方なく少し昼寝をした。明日からまた忙しくなるから、今日くらい昼寝をしたっていい。そんな言い訳をしながら。
だからたぶん、ここからは夢だ。
実家の風呂場は、不必要なほど天井が高くて水色のタイル張り。東北の地方都市だから、冬になるととても冷える。
夕暮れ時、その風呂場と隣り合う脱衣所は薄暗かったが、まだ電気をつけるほど暗くはない。
私は、その頃気に入っていたフードつきカーディガンを着ていた。
そして側にある赤い脱衣カゴに、「それ」がいるなぁと思って警戒している。あまりにイヤだったので、うっかり後ろをむいたせいで、背中からそれに憑かれてしまった。
どうもそれは、虫らしい。大きさはテニスボールほど。いや、もっと小さいな。百円入れると出てくる、おまけが入った丸い透明なプラスチックケースに質感は近い。
ただ、ぞっとすることに、手足はしっかりついていて肌色。印象としては、虫というより、ウルトラマンシリーズの初期も初期、ウルトラQにでも出てきそうな円谷事務所製の地球外生物。
そんな虫に取り憑かれ、慌てた私は、「噛まれる前にこれとって!」と兄に背中を向ける。虫は背中で、ゴソゴソと動いている。兄はふたつ返事で、虫をとってくれたが、その虫をどう処分したかはわからない。
正直に言うと、しばらく音信不通の兄に会っていた時点で、これは夢かもしれないとは思っていた。だけど数日前、同じ虫に背中を噛まれかけ、その時は母にとってもらった。これはまちがいなく現実のはずだ。
子供の頃、兄とふたり洗面所で鉢合わせした際は、さみしい気持ちでいっぱいだった。幼い私は、根拠もなく、兄も同じようにさみしいのだろうと思っていた。でもお互い、ねぎらいの言葉をかけるのでもなかった。
居間に戻ると、ピアノの楽譜立てに、五線譜が1枚立てかけてある。それは小学校低学年の私が、父を真似して作曲したもの。作曲と言ったって、一段の旋律だけで、その音符より、脇に落書きした猫と女の子のらくがきの方が目立つ。
実際には、犬らしきものの絵だったはず。少しずつ、事実から物事がはずれだし、夢にほころびが見えはじめた。
サイドボードに置かれたピアノ教則本の束を、手に持ってパラパラ。そこには、いろんな子供用教則本の一部が、スクラップブックのように、混ぜこぜにして貼られていた。たとえばそれはバイエルだったり、バルトークのミクロコスモスだったり。
もうダメだなぁ。もともと楽譜読むのは苦手だったけど、初見ではもうなんの曲かすらわからなくなっちゃった。
せめて自作の曲は、どんな曲だったか覚えておこうと、またピアノの方に戻って、必死で苦手な楽譜を読みながら、ハナウタで旋律を歌ってみる。だいぶ苦労して、ようやく曲の最後まで辿りついたのに、目が覚めたとたん、全てを忘れてしまった。

夕暮れ

田舎でも都会でもない中途半端な場所に、わたしたちは住んでいた。
わたしたちは、いぬとさるときじで、だからそれ以外のもうひとりが、桃太郎ということになる。
桃太郎は、きびだんごをひとつずつわたしたちに渡すと、カァカァと啼きながら、真っ赤に燃えあがる翼を広げ、漆黒の太陽に向かって飛んでいった。
それからもう、百年は経つのに、いっこうに戻ってこない。
この町では、だれもひとりではない。それぞれ少しだけ重なりあって生きている。だから、誰の目のなかにもかなしみが宿り、犬は静まりかえった青くまん丸な目で、まっすぐ私を見上げた。
そうなるとわたしは、さるかきじか。
いつの間にか、丘の上に夕焼けがひろがり、山並みや木々は切り絵の黒い部分になって、きじが大きく羽根をひろげると、その模様のあいまから、オレンジ色の光が透けて見える。
そんなきじの羽ばたきを、ずっと眺めていたかったので、わたしは残りのさるでよかったのに、どうやら蝉の幼虫にすぎないらしい。地上に出るチャンスを待って、土くれのなかでじっとしているうちに、発酵がはじまってしまった。
もうすぐ藍色の夜がくる。いきものがみんないっせいに目覚め、かしましく騒ぎ立てるほのかに明るい夜が。

郷愁

深夜、階段の踊り場に立って、誰もいない街を眺めていた。
青い絨毯敷きつめた階段には、3か所毛の抜けた部分がある。2か所は兄、1か所は私の仕業。次第に、ひとつ、ふたつと、思い出蘇ってくる。
まちがいない。ここは、私の生まれ育った実家。
踊り場の電気は消えていて、外からの明かりのみで薄暗い。そのせいか、ところどころに街灯ともる夜の住宅街が、はるか遠くまで見渡せた。
実家の向かいは、私や兄が出た小学校。〇〇小学校と看板掲げた門の横に、柳の木が1本あり、その枝が、ゆっくりと風になびくのを、ただぼんやりと眺めていた。
すると唐突に、1台のトラックがあらわれた。そしてそれは、猛スピードで、この家の方に向かってくる。
そのトラックは、いわゆる「デコトラ」。車体いちめんに、眩しく発光する色とりどりのネオンサイン纏った。
デコトラは、一瞬視界から消えると、急ハンドルを切ったのか、玄関を破壊して、我が家の中に乗り込むと止まった。
玄関破壊の轟音の後、今度は、押しっぱなしのクラクションが、高らかに鳴り響く。
私は慌てて、残りの階段を、一段飛ばしで駆けのぼった。そして二階廊下を、全速力で走る。
廊下の突き当たりにある部屋の前に立つと、ノックもせずにその部屋のドアをひらいた。ここは父と母の寝室。
でもいつも母は、誰よりも早く起きて、一番最後に寝るから、寝姿の記憶がまるでない。一方の父は、一晩中書斎で仕事して、午前中はずっと寝ているので、父の印象ばかりが、部屋のすみずみにまで広がっている。
はたして父は、寝室にいた。ふとんにくるまり、軽いいびきまでかいて。
「お父さん、どうしよう。派手なトラック突っ込んできて、うちの玄関壊しちゃった。警察呼んだ方がいい?」
私のその声で目覚めた父は、億劫そうに頭を持ち上げると、「そうしたらいいんじゃない?」と、たったひとこと。
それからすぐ、また眠ってしまった。
ふたたび全速力で、階段を駆けおりた私は、完全に破壊された玄関から、寒風吹き込む惨状を見ても、もう驚きすらしない。
デコトラの前面と、居間の壁とのあいだには、ほんの数センチしか隙間がなかった。
これは、想像以上に危機一髪。トラックの前面は、玄関を壊した衝撃で派手につぶれ、運転手の生死は不明。いや、そもそも、運転手がいたのかどうかすら。ともかく、さっきまで、あれだけうるさかったクラクション音は、いまはもう止んでいる。
苦労して、トラックの下を潜って居間の前に出ると、居間のドアを勢いよくひらく。
今日は父と自分しか家にいないはずが、ザワザワと居間が騒がしい。そしてそこでは、まったく知らない人たちが、楽しそうに会話をしながら、食事をし、酒を酌み交わしていた。
どうやらここは、おでんと串焼きを出す店らしい。
こういうガヤガヤと愉しめる、温かい雰囲気の店はいいな。
私もそこに混じって、おでんをつまみながら、おいしい酒でも飲みたくなる。飲めばすぐに、真っ赤になってしまう質だけど、酒を飲む雰囲気自体は好きだから。
でもそれは、かなわないこととわかっていた。
夢は必ず終わり、そこがどんなに心地よくても、いつか目覚めなくてはならない。
目を覚ませば、15年前に実家は取り壊され、いまはもうないことを思い出すだろう。
この家がなくなってから、いろんなことが変わってしまった。残念ながら、居間がおでんと串焼きの店だったこともない。
実家を出てから3度ほど引っ越しをしたが、夢に出てくるのは、いつもこの家ばかり。

月の見える坂道

空に赤い月。真夜中に私はひとり、広すぎる坂を歩く。月は満月でも三日月でもなく、中途半端な幅。都会の空が似合うペーパームーンと違い、甘納豆のようにコロンと丸い形。
ただ無我夢中で、坂道を登る。月の斜め下には、逆向きに欠けた月がもうひとつ。双子の甘納豆だなと思う。坂はとても急で長く、どこまで行っても途切れない。
かなり高い場所まで来たらしい。左右に見えるのは、ただ星空ばかり。振り返って見た下界には、街の灯が煌めく。空の星よりも明るく。
坂はさらに急勾配になり、息があがって体がつらい。不安にもなってくる。自分の荒い息を聞きながら、(きれいな景色だな。ブログに載せなきゃ。写真に撮れないのが残念)と、景色とは似合わない妙に現実的なことを思った。
坂はまだ終わらない。体力も限界に近づいてきたのに、傾斜はきつくなるばかり。そそり立つ壁のようになった坂の斜面になんとかしがみつき、今や道のコンクリート肌が眼前にまで迫る。
負けないで、もうひと息。
私は坂に手をついて、斜面を這うように進む。双子の月ひと組だけが、私を見守っている。
精も根も尽き果て、震える手をようやく前に伸ばす。ブーツの爪先も滑り、もはや地面をとらえられない。
深呼吸ひとつ。がむしゃらに伸ばした手が、何かをつかんだ。それは分厚い板の断面のようなもの。
両手でその断面をつかみ、最後の力振り絞って、腕の力だけで全身引き上げる。
グンと体が持ちあがり、どうやら私は坂の「頂上」に辿りついた。